社長あいさつ

25年程前、大阪市内にあった弁当店で、近所の方に頼んで買ってきてもらった菓子パンを2〜3度に分けて食事を済ませていながらも、遠く離れて暮らすご子息に「何も心配いらない。毎日ちゃんと食べているから」と電話で伝えているご高齢者の姿を見掛けました。
飽食の時代と呼ばれ、人気の飲食店には行列ができ、好きなものを好きなだけ自由に選んで食べれる食環境の中で、見えない陰のようになっていたご高齢者の食生活に光を当てたいと思い、1999年に高齢者専門の宅配弁当店として「宅配クック123」を創業しました。
創業から今日までの間、核家族化が進む一方で、ご利用者様がお住まいの地域や離れて暮らすご家族様からのご要望もあり、「会いに行く仕事」を実践し、見守りを兼ねた安否確認を行ってまいりました。

昨今は「健康寿命の延伸」を合言葉に社会保障費削減への意識が高まる中、在宅高齢者の栄養管理に着目する傾向も強くなっています。
当社におきましても、今般「医食同源」「薬食同源」という言葉の体現を目指し、フレイル・サルコペニア予防用のお食事として「幸たんぱく食」を開発し、従前からの見守り型の配食サービスに加え、健康支援型の配食サービスに着手しました。

未来に向けては、超高齢化社会・人生100年時代を迎え、配食サービスに対するニーズも多様化しております。少子高齢化による過疎化等、様々な問題を抱える地方におきましても、ご高齢者が生まれ育った地域の住み慣れた家で、I年でも2年でも長く健康で安心して暮らして欲しいと願います。そのためにも、地域活性化を目的とした「地産外商プロジェクト」に加え、離島や山間部地域で収益を補うための新たな事業開発、地域の共食の場として「昭和浪漫倶楽部」の事業展開を進めてまいります。
地域の子どもやご高齢者が寄り添い、地域で暮らしている皆様が語り合えるような地域社会づくり。競いあう「競争」ではなく、地域と「共創」することで地域共生に繋げたいと思います。
ご高齢者が安心して暮らせ、日本の未来を担う子どもたちの夢が明るいものでありますように。
配食事業者として、誰一人取り残すことのない「地域共生社会の実現」を目指します。

髙橋 洋

株式会社シニアライフクリエイト
代表取締役

髙橋 洋

起業
きっかけ
ストーリー

断ることが出来なかった宅配クック123の0号店

今から25年程前、大阪市内に存在していた宅配クック123の0号店。
一般的なお弁当店として稼働していた0号店は1999年末をもって閉店が
決まっていました。

当時、退院時に病院から紹介され0号店を利用していたご高齢者の中には、お弁当の配食が開始される前は、5個入りのあんぱんを数日に分けて食べていた方や、食べきれなくても配達料が無料になるように、大衆食堂に毎回1,000円以上の出前を注文していた方もいました。そのため、お客様に年末で0号店閉店の案内をするとき、その方々の今後のお食事のことを想像すると、どうしても配食を「断ることが出来なかった」のです。その後、配食が必要なご高齢の方々のみをお客様として残し、一般向けのお弁当店は閉店し、全国初の高齢者専門宅配弁当店として宅配クック123が誕生しました。

お客様の様子を目にして

当時、0号店はまだ日替わりメニューの無い一般的なお弁当店でしたので、お客様が自分で選んだお弁当と指定された量のご飯を配達していました。ある日の夕方、体調が悪いようで床に伏されており、配達した弁当をそのまま冷蔵庫に入れて帰って欲しいと頼まれました。冷蔵庫のドアを開けると、タッパーやサランラップに包まれた食べ残しの物が上から下の段までぎっしりと整理もされず、散らかすように積まれてあるのを見つけました。何をどの順番でしまわれたのかも全く分からない程の酷い有様でした。台所には出されていないゴミ袋が山積みされていて異臭が漂っていました。

その様子を目撃してからは、大袈裟ではなく「お客様の好きな物を好きなだけ」を連日お届けする事が恐怖でしかなくなったのです。その時にお弁当は自由に選んでもらうのではなく、日替わりにしようと決心しました。そして、好きなお弁当を選べない代わりに1度で食べ切れる量にして、栄養のバランスを整えたものにしようと思いました。
当時気付いたことの1つに、ご高齢になると「食べたい物」と「食べられる物」が徐々に変わっていくことがあります。上記のお客様も年々そのようになっていきました。

食べ物でお客様の寿命自体は延ばせなかったとしても、食べ物でお客様が健康である時間は延ばせると思っています。「お節介」という昔からの便利な言葉もありますので、一般弁当店のように好きな物を好きなだけ選べず不自由かも知れませんが、屋号通り「向こう三軒両隣りの隣人」として「お節介」させていただきたいと思っています。